2009年04月30日

水のなかで

tura8.jpg


泳いでいると、自分の思考の世界が水の世界全体に広がっていく。
そうなると、もう全然関係ない方向からいろんな物がつながっていくのだ。





昨日、沖縄から「貝塚在中」と書かれた茶封筒が届く。


貝塚.jpg


それは、去年のwanakioで小橋川くん&戸ヶ瀬くんの荻堂貝塚再発掘調査08の報告書で、スタイルもちゃんと調査書として貫きつつ、彼らの持つ男子な感じのあの匂いみたいなのがこの冊子にまでぷんぷんしている素晴らしくて、よみながら嬉しさがこみあげてくる一冊。
貝塚2.jpg


彼らのそんな男子力が差し水となって、私のあたまの中がぐるぐるしてきたので、それを水の中でひたすら考えたくなって、久しぶりにプールで泳ぐ。


ぐるぐる ぐるぐる


先日、仕事の後にハラダくんと100円の珈琲を飲みながら、だらっと長々と真剣に話した。

日常のへんてこでどうしようもない円環のこと、
日常が抱えているどうしょうもない現実のこと、
それらはぜんぜんどうしようもなくなくてどうにかしなければいけないこと。
でも、それをアートが解決できると思うほど、能天気ではないのだけれど、呆然としてしまっている側の見方になりたいと思っている事。

その話がまだ頭にこびりついていて。
気が付いたら水の中でそのことをばらばらにしてはつなぎなおしていた。


ぐるぐる ぐるぐる ぐるぐる


夢に出てきたようなまち。
二度と手に入らない地図。
そのまちは私の頭のうえに乗っかっている。
けして見る事は出来ないけれど、ひたすら思い描き、うっとりする妄想の場所。


無人島?
いや、人は居るかもしれない、でも居ないみたいかもしれない.....

私は水の中で、ひたすらそのまちの地図を描く。


ぐるぐる ぐるぐる ぐるぐる ぐるぐる


そうだ、
小窓からいろんな世界を眺めている彼女に
このまちの話をしてみよう。

きっと素敵なまちの地図の妄想の続きが見れるにちがいないし。
お互いの地図をへんてこな角度でつなぎ合わせる事だってできるかもしれない。







posted by akirika at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2009年04月24日

くりかえし くりかえし

shima.jpg

となりのひかりちゃんの口笛

5年ぶりにあった祖母がなんどもなんどもくりかえす昔の話

日差しの強い秋の日、私に向かってといかけてきたハミングバードの歌



くりかえし くりかえし

リトルネロ 静かに 永遠に 呼吸の様に 反復する



........... つまりリトルネロとはテリトリーを示すものであり、領土性のアレンジメントだということ。例えば鳥の歌。
鳥は歌をうたうことによって自分のテリトリーを示す......

........... リトルネロとは表現的になったため領土化されたリズムとメロディーのことであり、リズムとメロディーが表現的にはるのは、領土化をおこなうからである。

........... 表現的な質は自発的に運動を起こすということなのだ。
表現性は一定の環境で一定の運動を起こす一時的な衝動の直接的効果に還元されるものではない。そのような効果は、主体的な印象か動揺ではあっても、決して表現とはいえないからである。(たとえば、一時的な衝動に駆られた淡水魚が見せる一過性の発色がそうだ。)逆に表現的な質、たとえば珊瑚礁の魚が示す色彩は自己ー客体的である。自分が描くテリトリーに客体性を見出すからだ。


「千のプラトー」(リトルネロについてより)

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


私はやはり、島をつくろうとしているのだろうか。

posted by akirika at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2009年04月22日

memory of in my hands

彼女と知り合ったのは何年前だっただろう。

狭い部屋でふたりきり小さな休憩台の上にインスタントコーヒー
はじめ私たちはとてもぎくしゃくしていた。
そのぎくしゃく具合がいまは懐かしくなるのだけれど...

「お互いに相手の体温をよむ癖がある」とその時私は感じた。
そして彼女は無意識に同じ体温を求めている事も私は知っていた。

私はそれに気付かないふりをしてみたり、
ときどきその温度にあわせてみたりしていた。

それがぎりぎりだったから。


ある日彼女がおやつに小さな包み紙のチョコレートを持ってきた。
長過ぎる休憩は、私たちにその包み紙で小さな鶴を無数に折る時間と、意識せずして互いに2人だけが辿りつくことができる体温を得る時間を与えた。


te2.jpg



te3.jpg



te4.jpg



te5.jpg



te6.jpg



te7.jpg



te8.jpg



te9.jpg




しずかに しずかに くりかえし くりかえし


呼吸、声、互いに癖のある手作業
それらのリトルネロが描く曲線が
2人だけが共有するテリトリー生む


懐かしくて
エロティックで
そして清々しい


偏執
だけれども
根源的

それは私の手の中に残っている記憶

posted by akirika at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2009年04月15日

平坦な日常の落としあな、または抜け道?

inokasirakouen.jpg


このあいだの日曜日に、永岡くんと井の頭公園へ。
桜の時期の井の頭公園に行くなんて、ちょっと無茶だったけれども、なんとなくだらっと井の頭公園で八戸の去年のプロジェクトのことを振り返ってみたかったから。。

用意された休日そのもののその場所は、池にはボートがびっちりで、林には木々の間に人が埋まっていた。

それをぼんやり眺めながら、振り返るというよりお互いの目線の会話をした。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


近所の農家のおばちゃんのおみせの野菜が今は品薄でどうやら今は端境期のようだ。
私がキャベツはいつ頃?と聞くと、
「そうねぇ〜上手くいけば、ゴールデンウィークあけかなぁ...」

そうだった、未来とは、そして自然とは約束できるはずがない。

それでもやっぱり春キャベツの塩揉みが食べたくて、
普段はあまり行かない駅前のスーパーへ行く。
春キャベツは売られていたけれど、高すぎて断念。
かぼちゃの煮付けに気分を変えて、根菜コーナーへ、そうしたら北海道産ワンカット300円 ニュージーランド産ワンカット97円と、見た目はそっくりの二種類(?)のかぼちゃが隣り合わせに売られている。

どっちかというと今、旬を向かえているのはニュージーランドじゃない?
(そんなことはないか....)

なんだかそれは、生産者と消費者の営みなんて関係ないところで、食べることと経済を一緒くたにしてしまった、そんなへんてこな世界の落とし穴のように見えたのだ。

私はしばらくかぼちゃの前で考え込み、ニュージーランド産を買った。
北海道産には悪いけれど、彼らの誘いに乗るのはやっぱり不愉快だ。
いや、誘いにのったのか?
既にその店に足を踏み入れている事自体が誘いにのっていることなのだろうけれど...

ニュージーランドからやってきたかぼちゃだって、ベルリンで出会ったオレンジ色の皮の「hokkaido」って云う(!)かぼちゃでだって美味しいかぼちゃの煮付けは出来るのだ。


pokupokukabotya.jpg


ほらね。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


スーパーの帰り道は激しい雨。
久しぶりの恵みの雨を心地よく感じながら、先日永岡くんが話していた生産者中心の市場についての彼の考えの話が、私の内側でずっとくすぶっている事に差し水を注してきた。

美術が暮らしの先のハレの場所、祭として存在できるのであれば、人と人を、そしてコミュニティとコミュニティとをダイレクトにつなげる祝福された場所になる。
それは何も今更始まったことではない。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

ひさしぶりに着た黒のウィンドブレカーのポケットから去年稲刈りのときに入り込んだのであろう稲籾が数粒すみっこにかたまっていた。

あの天空の場所のような田んぼもまた今年の田仕事が始まる頃だろう。


IMG_4103.JPG


相手のために用意する事はなにもなく、自分自身の傾き方を貫く事でつながっていく一つの線を幾つも自分を通過させる事。


そう、私たちはいつでも雀蜂と蘭の関係になりえるのだ。
posted by akirika at 01:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2009年04月10日

トーキョーの街に帰ってきました

airport.jpg


リムジンバスのお兄ちゃん達は、いつもきびきび親切な対応。
帰ってきた人も、訪れる人たちも、ものすごい安心感に包まれる。


まったくといってJet lagになっていなくて、普通に暮らしが始まっていて、ずっとここにいたんじゃないかという感覚に陥る。



フンダがスタジオに残したお守りを持って帰ってきたのであけてみた。

フンダのお守り.jpg



近所の桜通りの桜は今が一番美しくて、そのせいでみんなが幸せそうに見える。


ガソリンスタンド2.jpg



グラウンド.jpg


グランドでキャッチボールする人を眺めながら、中也の詩が降りきた。

 春は土と草に新しい汗をかかせる。
 その汗を乾かさうと、雲雀は空にのぼる。
 瓦屋根今朝不平がない、
 長い校舎から合唱は空にあがる。

 ああ、しづかだしづかだ。
 めぐり来た、これが今年の私の春だ。
 むかし私の胸うった希望は今日を、
 厳めしい紺青となって空から私に降りかかる。
 
 そうして私は呆気てしまふ、バカになってしまう

 中原中也「春」より抜粋


私の新しい歳に降りてきた詩。


帰ってきて食べたかった卵ご飯を食べる。

卵ご飯.jpg


夜色っぽい満月が出ていた。

誕生日の月2.jpg
posted by akirika at 22:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々

2009年04月07日

森とか人にあったりとか夜遊びとか

オランダから帰ってきて、グループ展の作品をまとめたり、夜はイベントに繰り出したり、やっとベルリンらしい生活開始。

週末は


IMG_7088.jpg

田口くんのスクリーニングとか

dororesu.jpg

ドロレスとか....

なんか本当に、気温って人の心を左右するのね、と、この街に居てものすごく実感。


近所の道路工事が冬の間なにもしていなかったのに、最近急に再会し始めた、なにそれ?寒いから、休んでたんだ、と突っ込まざるを得ない感じ....

kouji.jpg


日曜日は教会へ最後の挨拶。
クリスティーナもアナも普段から明るい女性だけど、なんか今日はいつもより増して陽気、ほらやっぱり気温ってすごい。

kyoukai.jpg


御礼に折り紙を渡す。

kurisutexi-na.jpg


夜は出月さん夫婦との夕餉、沁みる。
彼らとはまた一緒にご飯をこんな風に食べられる気がした。


そしてMaikeの家へ、夜遅くまで語り合う。
彼女との出会いはものすごい偶然だったけど、出会うべくしてであったような気がする。
私の狭い語彙でも気持ちが通じる感じ、もっと一緒に過ごしてみたかった人。

。 。 。 。 。

今朝、作品もスタッフに引き渡したので、もう一度森へ、
心の底から彷徨う。
気持ちいい。


futatabimori.jpg


本当に迷子になって、そう云う時いろんな感覚が研ぎすまされて
後から快感がこみ上げてくる。

そして、噂に聞いていたヌーディストパークを引当てる。

nu-dexisuto.jpg


全裸の人がまったりとくつろぐ公園、暖かくなったからといって、それはちょっと早いだろう、、という突っ込みもあるけど、そういうのを引当てる自分のなにかへんな引きの強さ(笑)が面白すぎて思わず千絵子さんに電話してしまう。


森を後にしてSバーンで景色を眺めながらミッテの丹羽くんのアトリエへ、忙しいところへ乗込んで勝手にまったり小1時間話す。

そこからさらに歩いて同じスタジオに居るタマラのパフォーマンス。
彼女とは今度のグループ展で隣同士、きっといい相乗効果が生まれる。
パフォーマンスを終えたばかりの彼女と少し話をしてクロイツベルグへ。


デザイナーのshouさんとの夕餉。
彼女は普通にたくましくて、ベルリンで生きる人。

最後の最後にこの街のしっぽを見つけたような気がしていて、それは彼女との会話で感じた事が大きいと思う。

ベルリンに来て3ヶ月。
その時間は、ツーリストからふつうに暮らす人に移り変わっていく節目かもなぁと。
あんなに来た頃は気になっていた落書きが普通に感じる自分を知ってはっとしたり...


lastmoon.jpg


そこらじゅう工事中の街が愛おしく見える夜。
posted by akirika at 08:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ベルリン

2009年04月05日

いとなみ

この一週間で、あり得ない温度上昇。
陽気に誘われてオランダへ、去年神山のレジデンスで一緒だったカリン夫妻のいるsteenwijkという街に5時間のDBの旅、鉄子ドイツーオランダ旅。

IMG_7019.JPG


IMG_7022.JPG


彼らの住む場所は私の描いていたオランダそのもので、ゴッホの絵画を思い出させる景色。

IMG_6983.JPG


手作りの立派な家、目の前に広がる広大な大地。

作品をつくったり畑を耕したりする日々。

朝、お茶を飲みながら、今日撒くたねの相談をしたり、作品のマテリアルについて語り合ったり。。。

そんな日常のなかの作品、アートと寄り添った生活。

IMG_6957.JPG

彼らのリアリティはここに根付いていて、それをアートという手法を使って様々な場所で派生させている事をじんわり感じた3日間。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

ベルリンに帰ってきたら、街はさらに陽気になっていて、友人達に連れられ、自転車2人のりで夜中まで街を彷徨う。


どこにでも人の暮らしはその街に息づいていて、どちらがどうというわけではない。
それぞれに慎ましやかにかれらの生の営みを繰り広げているのだ。
それは全て愛おしい。

そんなことを自転車の後ろに乗って自らの意思ではなく、相手の動きにどれだけ自分が乗れるか、そんな心地よさを感じ空と街とを眺めながら思う月がきれいな夜。

IMG_7053.JPG

でも石畳の2人のりはきっとキツかったに違いない、Tくんすみません。


posted by akirika at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ベルリン
Powered by さくらのブログ (C) 2008 AKIRIKA All Rights Reserved