2011年05月05日

十三浜

先月仙台滞在中に、香川のZENKON湯のメンバーと合流して石巻市の大指(おおさし)という集落へ。
高台にある大指森林労働者センターが避難所。
この浜は十三浜(じゅうそうはま)と呼ばれる浜。

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「十三のわかめはこしがあってしゃきしゃきして美味しい。」
「わしらんところは、荒波に揉まれとるからな、そこらへんのとはちがう。」
彼らが自分たちの漁の話をするときの誇らしい表情は希望。

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若い衆たちはみんな器用で、なんでもこなす。
若い頃に県外で働いていた。
大工や運送や現場ではたらいたり、だからみんな重機は使える。
30代になって十三浜に戻ってきて所帯を持って漁業を継いだ。
ほたてにこんぶとわかめ、刺網、定置網。

救援物資は県からくるよりも以前みんなが働いていた地域の繋がりのある民間のボランティア団体からも沢山いただいていてありがたい。
こういうときに個人個人の絆のつよさを身にしみている。

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小学校が離れたところに有って、そこへ行くためには激しい被災した沿岸を子どもが通らなければいけない。
それを反対する家の子の救済措置として、先生が避難所をまわってきてくれる。
でも被災した場所を通って学校へ行っている子どももいる。
「こういうときも、勉強するんですかね...」
ある女性の方が、ぽつりとそんなことをつぶやいて下をうつむいてしまった。

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フクちゃんが小豆島から持ってきた玄米を授けたとき、受け取った女性が本当にうれしそうな顔をしてくださった。

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あの笑顔は私たちの希望。
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2011年05月04日

王魚余沢

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一週間ほど前から、青森の山の中にいます。
王魚余沢(かれいざわ)という小さなまち。
かれいざわの廃校になった小学校でのアーティストインレジデンス
そこで過ごして何かを考え学びもしかしたらなにかを作るかも、なにかをおこすかも。。
という、とても緩い状態なのですが、実は私はそういうのが得意だったりもします。

とりあえずついた日は裏の山道を登りました。
つくしとふきのとうがわんさか生えていて、
それらをたどりながら登って行ったら、青森空港の滑走路近くに!
ものすごく近くで飛行機のお腹が見れます。
そう、ここはmac school(majide airport chikai center)なのです(笑)

採集したつくしは佃煮とパスタ、蕗の薹はみそであえました。
最初に作ったものはやっぱり料理です。
まぁ、やっぱりどこに行ってもこんな感じです。


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同じく招聘作家の川久保ジョイさんのスパニッシュオムレツがめちゃ美味しいの!

。。

かれいざわについた2日後、懐かしの八戸へも行ってきました。
当初は準備中だったhacchiはぴかぴかの建物がオープンしていてにぎわっていました。
そして雀荘あとの旧事務所にいってみたら、昔のプロジェクトの残骸が。。
それに伴って、再会があり、またそこから繋がりも生まれました。


。。。

そして青森に入る前と昨日、太平洋側に足をのばし、少しだけ作業をしたりお手伝いをしてきました。
そのお話も少しずつ報告できたらとおもっています。

posted by akirika at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 東北

2011年04月20日

椿に呼び止められる

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「今朝ね、もう最悪だったんだけど、”そんなこともあるよ”って、そう椿によびとめられてね、振り返ったら、あまりにも椿がきれいだったから、それでまぁいいかって。」


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美しい椿と目が合って、何故だかもう何年も前の友人の言葉を思い出していた。


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気がついたらそこは春の森で


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樹々は待ちかねた様に春にを迎え夏へむかっている。


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私は首に巻いたネックウォーマーのあまりの場違いさからそれを外し、桜のなかに入るんじゃないかというくらい眺めていた。


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娘「この桜の木はちっちゃい子ですねー」
父「○○ちゃんとどっちか大きくなるのかなぁー」


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桜はこのときとともに、二人にとっていつまでもお腹のそこにある愛おしい記憶になるんだろう。


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夜、友人からのメール。心に突き刺さるテキスト。

「あの偉大な破壊の下では、運命はあったが堕落はなかった。無心ではあったが、充満していた」坂口安吾 堕落論より


そう、私たちはなんら失望なんてしていない。

種を蒔こう。
そうして、育てて、愛でて、収穫して、食べて、また蒔こう



posted by akirika at 01:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2011年04月19日

追記あり:小冊子「堂々めぐり」にまつわる3つのおしらせとおまけ

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2006年に言水さんと一緒につくった小冊子「堂々めぐり」
2003年〜2006年までの出来事や日々の雑感を年代は無視して月日ごとに並べたこの冊子。
恥ずかしくなったら、すぐに封印しようとおもっていたのですが、未だ封印にいたっておりません。

その小冊子「堂々めぐり」をグラフィック社発行、石川理恵さん著の「リトルプレスをつくる」GO! LITTLEPRESS に取り上げていただきました。
企画から、流通までの様々なケースを丁寧に紹介しつつも、石川さんの視点で集められた素敵なリトルプレスのラインナップたち。
読んでいたら、もうすぐにでも小冊子つくりたく一冊です。

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。。。

そして、SHIBUYA PUBLLISHING BOOKSELLERS にてリ今日から開催のトルブックスフェアに「堂々めぐり」も並べていただいています。

【4/11~5/8】SPBSが選ぶ「リトルプレス100」


ンデマンド出版や"ZINE"カルチャーの盛り上がりで、すっかり身近なものとなった「リトルプレス」。出版物を発行することの敷居が下がったことで、さまざまな種類の”冊子”が世の中に出回るようになりました。SPBSでは、その多様なリトルプレスの中からよりクオリティの高い100タイトルのリトルプレスをセレクトし、販売いたします。

これだけ多彩なリトルプレスが一堂に見られるのはここだけ。マスな雑誌や出版物にはないマニアックでディープな魅力あふれるリトルプレスの中から、あなたのお気に入りを発掘してみませんか?

※「リトルプレス」とは…自分ひとりで、もしくは仲間と一緒につくる、小冊子のこと。大手の流通を通さずに販売していく、インディーズスタイルの出版物のこと。

★期間終了後も売上金額の合計上位20タイトル+SPBS推薦枠2タイトルをSPBS店頭にてその後6か月間常設販売します。


■会 期:4月11日(月)〜5月8日(日)
■場 所:SHIBUYA BOOKSELLERS

同じ店内では美篶堂さんのフェアも開催中。
美篶堂さんの製本って美しくて手に取ると背筋がぴりっと伸びる感じ。
大好きです。

そして
手紙舍さんでの「紙ものまつり」にも参加させていただきます。

[紙ものまつり]
日時/4月27日(水)〜5月1日(日) 11:45〜18:00
場所/手紙舎

盛りだくさんな企画を予定のようです。
詳しくはサイトで。。


。。。。

おまけは本がらみで、

友人で社会学者の吉澤弥生さんが研究のために昨年おこなっていたインタビューをまとめた冊子を先日受け取りました。
白と黒の美しい冊子。
そこにはひとりひとりのいまを生き抜いている景色があります。

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紙と文字
それはまるで
土地と人の営みの関係のようで

いま、出掛けるときに鞄に入れて、電車の中で読んでいます。

。。


堂々めぐりは路地と人(神保町)言事堂(那覇)でも販売しています。500円(税込み)
吉澤弥生さんの冊子は安岐が数冊持っています、ご希望の方はご連絡ください。
posted by akirika at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | おしらせ

2011年04月12日

demo

高円寺で反原発デモ・15000人

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デモ活動では、特に目立ったトラブルも無く、
社会の注目を集められれば一応の成果といえる。
更に加えてそれら主張が周囲に認識され、
それらが他人にも受け入れられたのであれば、
目的を果たしたといえる。
(Wikipediaより)



..

祝祭の場所。
人々の今この現状への感情が昇華し、場を生む。
例えば江戸時代の百姓一揆は、こんなだったのかもしれない。
列の只中でぐるりと見回しながらふと思う。
去年の夏の、阿波踊りを思い出していた。

そして、
声を上げる人、楽器を奏でる人、踊る人、
わたしたちの安全を護る人、歩道から一緒に歩く人、歩道橋から手を振る人、遠くから眺める人....
.....を眺める。

私たちは誰に対して「抗議」しているのだろう、訴えかけているのだろうと。

そのことは前から考えていたことなのだけれど、
それは「大衆」なのではないだろうか、
自分を含めた、憎むべき大衆。

デモは祝祭の空間で、それは正しく祝祭の場だった。
それを踏まえて、タノタイガのブログで綴られていることも、確かにしかりだとも思う。
東北の現状とあまりにもかけ離れたここでの祝祭の場。
今あの現場で日夜瓦礫や泥や悪臭と戦っている人がいることを思いだしてやり場のない感情もわいてきていた。
泣き出しそうなくらい、、、いや泣いていた。

それでも今、私は共有することが必要だった。
それは様々な視点でこれからのわたしたちをイメージしていくことに繋がっていて、うまく言えないのだけれど、本当に先は長いし、単に思想だけでも、そしてそこに思想が全くなくても、だめなんじゃないだろうかと。

今でも大きな余震はある。
揺れた後の不安感。
あの場所がこれ以上ダメージを受けない様に祈る様な気持ち。
この気持ちはきっとかなり今共有できている。
だからこそ、これからの工夫もみんあでアイディア出し合って創造できるんじゃないか。
だから、今だったらあの大きくて危なっかしいモノを本当に停められる。


...

あの日から数日経って考えている事は
あの場所に居合わせた人はみな共犯者だった。
私たちの列をひたすら警護していた彼らもまた、心の底で同じ言葉を叫んでいたのだと。
南口について、我に返った表情を見たときに、そう感じた。



原発反対 
子どもをまもれ

原発反対 
未来をつくろ



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2011年04月05日

日々

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みなさん、それれぞれの場所で、それぞれにおげんきでしょうか?
私は今花が美しく咲き乱れ、空は青く光り、山は静かに美しい、そんな場所に居ます。

この一週間、地域ーアートということへの問いを、再考する試みを、あるコミュニティで実践していました。

アートで今出来ること、そんなことを言ってしまうつもりはないのですが
それでもなにも出来ないのであれば、アートは要らないんじゃないか、私が日々挑戦していることはそんなくだらないことだったのだろうか?そんなことを考え続けています。

。。。


ある感情について
私はその感情を出来るだけ客観視し、そうして表現しているつもりでした。
しかしながら、実のところは根源にその冷静な生き物の反応としてのその感情というものが
あるのかもしれない。
そして、その感情によって脈々と紡がれてきた美しい連鎖としての表現に、私は憧れ続けてきたのかもしれません。


そもそも、アートという言葉すら発してしまうことを、ここ数年避けていて、多分それはこれからもあまり変わらない。
しかしながら、先日とある友人から「お前はそろそろそのアートということばを正しく発するべきなんじゃないか。」と、いう言葉を投げかけられて
今心に深く深くささって抜くことが出来ません。

ありがとう、親愛なる人々よ。


。。

抗うことのできない暴力とそれに対する正しい怒り
そのことから発生する創造性をともなった美しい生産。

私が憧れて、愛してやまないのは、その現象。





  






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2011年03月21日

「our table」

いまわたしがそれぞれにおもっていること

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めのまえにあらわれているなにか


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それらのことを共有してみる。


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それぞれのちっちゃな机をくっつけて、そのうえにだしてみる。


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あたたかなたべものやのみものを囲みながら。


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気になるものはてにとってみる。


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考えやひらめいたことを出しあってみる。


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そして、それをひとりひとりがすきなようにもってかえる。




そんなこころみをはじめてみようと思います。


「our table」

まずは3月22日(火)路地と人 で 20:00ごろから
場所はこちら


。。。。

ふくしまの友人は、家は無事だったものの、原子力発電所から30キロ圏内に住む。
彼女は様々な選択を乗り越えて、親戚の家に避難を決意したそう。
飛行機に乗る前に電話がかかってきて少し話した。
いつも明るい彼女が「離れるとなったら、やっぱり後ろめたくて、もう帰って来れないんじゃないかって。このまま飛行機に乗っていいんだろうか。」と
その、お腹のそこからひとつぶひとつぶ絞り出す様な言葉の重み。
いまでも私の体から抜けない。


大丈夫、少し時間をおいたらかえってこれる。
そうしたら、ハーブをいっぱいうえて料理もしよう。
posted by akirika at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | おしらせ

2011年03月15日

つくし

いわきの友より無事との連絡に安堵。
2日間避難所に居て自宅に帰ったけれど、家はほぼそのままで平気だったんだそう。

「水も電気も止まっているけれど、うちはくみ取りトイレで水はとなりに井戸があるし、暖房は炭がいっぱいあるから。なんかあんまり普段の生活からかわらないんですよねぇ。ちょっと不便なくらいが実は一番強い。」

「ただ、これから放射性物質が飛んでくるから、やっと芽がでてきた野菜とかがどうなるんだろう。。こんなことで気付くのもなんですけど、、余計なことしたからややこしくなって。。」

たしかに。
余計なことするからややこしくなってるんだ。

普段あまり見ないテレビも情報収集のためにみているのだけど、ややこしい。
よけいなこといっぱいしているっぽい(笑)


家でやるべきことはあるのだけど、全然手につかないから、もう、いっかーとママ下湧水の森へ散歩にでかけた。

つくしを探して。

彼方此方で新しい芽は芽吹いていました。

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湧き水の小川に新芽。


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それを撮ろうと近づいた足下にも。


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可愛いピンクの子


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サクラもうすぐ咲くね〜


で、つくしは見つからず2時間くらい歩いて帰宅。
ふとみたらすぐそばのコンビにの駐車場につくしが生えていました。

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なんかね、それをみたら、大丈夫かなって。
ヤバい状況のなかで、なんとか居心地をよくするのは私たちの得意技じゃないかと。

posted by akirika at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々

2011年03月13日

地震

自宅に居ました。
古い日本家屋なのでものすごく揺れ、すぐに外に出ました。
しばらくしたら、近所の方も外に出てきて、お互い励まし合う。
私は無事です。

その後情報が判ってくるに連れて、被災地の友人たち、都内にいて帰れなくなっている友人たちの顔が浮かび
自分がその状況になったら必要である情報をイメージし届けられる様な手を打った。

一人一人がメディアになるという自覚を持ちそれらをシェアすることで、知らない誰かに届く情報がその人と周りの人の心と体をささえることもあるはず。

点ではなく線になること。
水の波紋
ミツバチ

被災した地域はこれからますます酷い状況を目の当たりにすることになる。
感情的にならずに、冷静に、そして豊かに、力になりたい。

いわきの友よ無事ですか?
あなたのことだから、どこかでしのいで無事であると信じています。
これを見たらコメントでもメールでも電話でもとにかく連絡をください。
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2011年03月09日

美しい渦 そして パンと読書

どきっとする渦に見つめられる。


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もっと近寄ってみる。


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ロマネスクという野菜。
ちいさきものたちのかたちたち。

近所の農家のおばちゃんの店で見つけたのだけど、もったいなくて食べられずにいる。


年末に作っておいた栗の渋皮煮のシロップがいつの間にか冷蔵庫で発酵していて、試しに水を加えて暖めてみたら素晴らしいパン種になって、おいしいパンが焼けた。

朝、そのパンを食べながら読む本、粘菌図鑑。

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もう一冊は、
人間が食物と対峙してうみおとした果実としてのパン。
その思索の道のようなテキスト。
酵母から考えるパンづくり /志賀勝栄著(シニフィアン・シニフィエ)

「小麦を住処とする菌を水と全粒粉だけで自然培養するルヴァン種こそ、もっとも根源的なパン酵母と言えるかもしれません。そのルヴァン種を使った代表的なパンが、パン オ ルヴァンです。」 (母から考えるパンづくりより抜粋)


ちいさきものがあちこちでいる。

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